認知症になった長谷川和夫先生の本

長谷川式認知症スケールの開発者、長谷川和夫先生の本を読みました。

2020年2月21日(金)

こんにちは、和歌山県橋本市を拠点に活動しております蓬庵(よもぎあん)のワダです。ブログをご覧いただきありがとうございます。

認知症と長谷川和夫先生

概要

気になっていた認知症研究の第一人者である、長谷川和夫先生の本を見つけて一気に読んでしまいました。

長谷川先生が中心になり開発された長谷川式認知症スケールは、医療や福祉関係で仕事をしている方であればまず聞いたことがある言葉だと思います。

国家試験にも認知症に関連する問題がよくでるので、私たち鍼灸師でも覚えた人は多いと思います。

自身が認知症であると2017年に公表されたことはニュースにも取り上げられました。

認知症に一番詳しい第一人者である人でもなる病気であること、また病気を深く理解していても生活面で多くの支障がでてきていることは、ニュースの記事をみてなんとも衝撃を受けた記憶がある。

2020年1月11日(土)には、NHKスペシャルが『認知症の第一人者が認知症になった』というタイトルで取り上げました。長期的な取材による日常の実際というのは興味深いものがあった。

放送では、認知症をわずらった人が身近にいる人ならわかるであろう言動や行動が多くみられた。

祖母が認知症の私は、「あー、本当に長谷川先生は認知症なんだな。」と思った。

個人的にとくに気になったのは、第一人者である人が認知症になったときに自分自身のことを「どういう風に考えるのか?」、「どういうことを思うのか?」ということ。

長谷川先生は実際に認知症になって気づいたことは多いと語る。

そして進行していく症状の不安と家族が葛藤する様子は、まさに認知症の患者とその家族でした。

何より興味深かったのは、自身が推奨してきた認知症のケアやデイサービスです。

長谷川先生が中心となり呼称が「痴呆」から「認知症」となり、先頭にたって認知症のケアやデイサービスを推奨してきました。

それが実際に自分が家族に迷惑をかけないようにとデイサービスに行くことになると、そこは必ずしも楽しい場所ではなく行きたくないと感じている日もあることを吐露します。

「もっとよりそって、その人のペースですすめてほしい。」それが自身が認知症になってわかったというのは、なんとも深いこだと感じたのでした。

行きたくないという長谷川先生に、先生の長女さんは「お父さんが行かないとお母さんが困るでしょう。」、「お父さんがやってきたことじゃない。」といったことをいうものだから、そこには認知症の家族をかかえる葛藤もかいま見えて辛くなった。

そして前置きが長くなりましたが、NHKスペシャルをみて気になっていた本がこちらです。

『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』
出版:2019年12月27日
著者:長谷川和夫、猪熊律子

本

本のレビュー

とても言葉を選んでまとめられているというのが最初の印象です。

医療や介護の現場で働く人にも参考になるし、認知症の家族を持つ人、認知症の不安がある人も参考になると思います。

簡単に認知症という言葉が使われるまでのいきさつや、長谷川式認知症スケールを開発して名付けられるまでの経緯も書かれています。

できた当初は、総理大臣の名前や大東亜戦争が終わった年を聞くと行った項目もあったようですが、改訂を繰り返し今の形になったそうです。

長谷川式認知症スケールの質問内容

・歳はいくつですか?
・今日は何年の何月何日ですか?
・私たちが今いるところはどこですか?
・これから言う3つの言葉を言ってみてください。
・あとの設問でまた聞きますのでよく覚えておいてください。
・100から7を順番に引いてください。
・先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください。
・これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言って下さい。
・知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください。

また最後にはキリスト教徒であることも書かれており、信仰がというものも心の支えになっていることも書かれていました。

まとめ

認知症の本質は「暮らしの障害」であること、また自身が認知症になり本当の意味での研究者となった(先輩の医師に「君自身が認知症になって初めて君の研究は完成する」と言われた。)という長谷川先生の以下のメッセージは心にとめておきたい。

以下は書籍より引用

認知症と診断された人は、「あちら側の人間」として扱われていると思う事があります。こちら側の人間と思っている人たちは、あちら側の人間はまともに話ができないとか、何を言ってもわからないなどと言ったりします。

認知症の人の前で、平気でそうした事を口にし人格を傷つけるようなことが話されている場合もあります。

でもそれは間違いです。話している事は認知症の人にも聞こえているし、悪口を言われたり、ばかにされたりしている時のいやな気持ちは深く残ります。

だから話をする時は注意を払って欲しい。認知症の人が何も言わないのは、必ずしも何も分からなくなったからではないのです。

存在を無視されたり、軽く扱われる事の悲しみは、誰もが人生の過程で、多かれ少なかれ経験しているでしょう。

その苦痛や悲しみは、認知症であろうとなかろうと同じです。だから「何も分からない人になった」などと思わないで欲しい。

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